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ヌマチチブ

Author:ヌマチチブ
“なぜ川なのかって?
 そこに流れてるからサ”・・・

川は身近な自然そのものです。そして川は北海道の歴史を物語ります。
そんな北海道の川の素晴らしさを、メス&親魚目線でわかりやすく、老婆心も交えて、お伝えしたいと思い、日々勉強しながらアップしています。
まさにアップアップ!
間違ってる箇所も多々あると思います。よろしければ教えてくださるとうれしいです。
どうぞ、ごゆるりと・・・
………………………………………
ヌマチチブとは、日本中に広く分布する頭が大きくずんぐりしたハゼ科の魚。顔を中心に無数に斑点があるのが特徴。
いわゆる雑魚で、「釣った」と思った瞬間、ガッカリ感と笑いを誘う、憎いあんちきしょー!

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北海道川原版
北海道の川のイベント、施設、川魚、植物、アウトドアや歴史、自然写真。 川原から北海道をめぐる情報ブログです。
田畑の利用
向かって左から、ソバ畑・牧草地・ソバ畑に活用されている、この地は…
石狩川堤防外に広がる畑地
石狩川堤防の堤外地です。ちなみに、川を含んだ堤防と堤防の間を堤内と言います。

日本の食糧基地でもある石狩川流域では、旭川から札幌近郊まで、右岸左岸の両堤防沿いから田畑がずーっと、つづいています。

たしか、札幌のとなりの江別は、堤内の広大な石狩川高水敷(堤防から一段低い場所で川が流れる低水路よりも高くなっている場所)の一部で、牧草地があったかと思います。

とくに左岸は水田が連続してつづき、右岸は水田に畑地が混ざっています。
ここは石狩川の右岸側です。

明治の北海道開拓や戦後の食糧難の緊急開拓。
昔から今まで、そして将来も、
いつの時代も日本のために、人のために、石狩川の水が必要とされてきました。

上流域はデルタ地帯で、中・加流は泥炭地。石狩川流域の土地は肥沃なのです。
かつて『曲がりくねった川(アイヌ語由来)』と呼ばれた暴れ川は、働きつづける偉大な大河です。

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ポー川と史跡自然公園
「ポー」というと、萩尾望都の名作「ポーの一族」を思い出す世代ですが、言葉の響きが神秘的であり、ヨーロッパ的でもあります。

ポーと名のつくポー川は、北海道にも流れています(イタリアにもあるらしい)。
北海道の最東端、根室管内の中心部に位置する標津町。
左手に知床半島、右手に納沙布岬を先端とする根室半島が延び、正面はオホーツク海に面し、わずか24km先には国後島を望む、まさに雄大で風光明媚な北海道を代表する地に、その川は流れています。

ポー川は、東川北地区付近を水源に根室海峡に注ぎますが、途中、伊茶仁では原始河川そのままの曲がりくねった蛇行がつづきます。そこは、カリカリウス遺跡370ha、天然記念物標津湿原212haが広がる、標津町ポー川史跡自然公園です。

縄文時代から残る1500以上の竪穴住居跡群(今もポコポコ凹んでいるのが見える)、 氷河期のツンドラ植物の生き残りといわれている湿原植物が見られ、民俗資料館と開拓期の農家、漁業番屋、学校などを再現した開拓の村もあり、地域の歴史を学ぶことができます(標津町ホームページから抜粋)
また、遺跡の敷地の中にキャンプ場もあります(7・8月のみ)

伊茶仁カリカリウス遺跡(国指定史跡)と標津湿原に咲く花、そしてポー川の流れの写真は、標津町ホームページへ。
http://www.shibetsutown.jp/pogawa/pou6.htm

現在、標津町ポー川史跡自然公園では、遺跡や湿原植物をくわしく教えてくれる夏季解説員が、ガイドとして同行してくれるそうです。
北海道の歴史や自然に深く接するチャンスです!

ポー川史跡自然公園 夏季解説員配置
7月18日(金)〜8月17日(日) 9:00〜16:00の間、随時受付
夏季解説員が同行し、湿原の植物や、遺跡の森の中を自然散策します(先客やイベント、団体などに対応できない場合あり) ガイド無料
入園料/大人310円、高校生以上の学生100円
ガイド/自然ウォッチングセンタースタッフ
標津町ポー川史跡自然公園/標津町伊茶仁 tel 0153-82-3674
ポー川史跡自然公園

ちなみに、アイヌ語地名の総合サイトカムイミンタラ内の、標津線のアイヌ語地名によりますと、
ポー川の名前は、アイヌ語の「ポ」が由来で、「小さい・子どもの川」と訳せるそうです。
小さな小さな曲がりくねった川は、大昔から人々の生活の拠点で、希少な植物も棲む、偉大な川でもあります。

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ジス・イズ・北海道な風景
7月の北海道洞爺湖サミットで、
これまで以上に北海道が注目されているわけですが、

あらためて北海道を象徴する風景とは、どんなものでしょう〜

わたしが思う北海道を象徴する風景はコレです!
酪農大学

江別市文京台緑町のなだらかな傾斜地に広がる、酪農学園大学・短期大学、とわの森三愛高等学校の風景を見ると、フロンティアスピリットを感じずにはいられません!

走行中の助手席で撮ったため、そのスケールが伝えられないのが残念!
なので、酪農学園大学のホームページをご参照ください。

時の経過とともに趣を増す赤レンガのサイロや牛舎、
どこまでもなだらかに傾斜するまきば。草を食む牛達・・・ どぉーですかぁ〜

アメリカ的? イギリス的?でもあり、
ここを通るたびに、思いっきり深呼吸したくなります。

旧町村農場も、「ある日の北海道」の風景で、歴史的にも大変価値があります。

この赤レンガと牧場は、道北ではあまり見られない風景かもしれません。
稲作が主体の日本にあって、「広大な北海道で酪農を」という考えは、明治政府によるもの。そのためにケプロンやクラークを招聘しました。

でも、屯田兵で開拓にやってきた人達は、酪農などやったこともなく、かつ、あたり一面は密林やクマササに覆われ、これを取り除くのは大変な作業で、なかなか広大な牧場は実現しなかったようです。

入植者達は、ふるさとの水田風景に思いを馳せるように、当時禁止されていた稲作にチャレンジしていったのです(北海道で米はつくられていなかった)
ただ、入植の条件に牛を飼うことが、昭和のはじめ頃まで決められていた地域も多いようなので、

牛が草を食む風景は北海道を代表する風景といえますね!
ソフトクリームもイケますよ〜

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泥炭の地
北海道の中でも、
石狩から空知に広がる広大な石狩平野は、日本一ともいわれる「泥炭地」で、かつては農業は無理だといわれていました。

一見まっすぐな道路ですが、車のすぐ後ろあたりがゆがんでいます。
泥炭のため、今もゆがむ道路

泥炭地の農道などを車で走ると、アップダウンが激しいのに驚きます。


泥炭とは、おもに低気温地域の沼地で、枯れた植物が十分分解されずに堆積して形成されます。
泥炭地は、泥炭が積み重なって泥炭層となり、地盤はとても軟弱です。

でも、泥炭は園芸用の腐植土として、培養土に混入して、土質を改善させるためによく使用されるほど保水性や通気性に富むため、泥炭が広がる地は肥沃ともいわれます。
*wikipedia泥炭より編纂

北海道は明治と太平洋戦争終戦直後に活発に開拓され、とくに戦後日本の食糧難対策に、土地を改良する客土や、泥炭が豊富に含む水の排水、治水工事が行われ、泥炭地はつぎつぎと農地に開発されていきました。
そして日本の食糧を支える、稲作と畑作の大生産地帯が誕生したのです。
泥炭を乗り越え田畑へ

さて、ここら辺りで道路をつくるのは、とてもやっかいなのだそう。
地面よりも高く盛り土し、そのまま放置するそうです。土が自然に下がって落ち着いたところで、やっと施工するという。だから田畑よりも道路の方がいくぶん高いです。
肥沃な地に育つ稲

何千年もの間に繰り返された石狩川の氾濫と蛇行により、広大な湿地と泥炭地が築かれました。
扇状地も、何万年何千年もの間に繰り返された鉄砲水や土石流によりできる。

大自然の壮大な営み、その特性を生かした先人の知恵や労苦、そして北海道の特異な成り立ちが、揺れるたびにめぐります。

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南幌町の幌向運河
南幌町市街地の八号沿線(国道337号)に、こんな看板が立てられています。
運河・駅逓ロードを表す看板

運河・駅逓ロードは、沿線住民や小学生がボランティアで清掃や管理を行い、駅逓や幌向運河周辺を住民の手で守ろうと始めた運動です。

そう、南幌町には北海道開拓を物語る幌向運河が今も健在で、国の有形文化財・旧幌向駅逓所が保存されています。
先日、幌向運河の西八号運河沿いを、ちょっと散歩しました。
幌向運河・西八号運河

今も地域の大排水なので、水はちょっと汚れているかな。

幌向運河は、北海道の四大運河(または石狩流域四大運河)のひとつとして、明治29年に開通した旧夕張川と江別川を結んだ10.7kmの運河で、排水と物資輸送に使われました。

むかし夕張川は、千歳川に合流する千歳川の支流でしたが、治水改修のため、石狩川に直接切り替えられました。夕張川が千歳川に合流して、石狩川に到達するまでを江別川と称され、夕張川の旧川=旧夕張川は今も残されています。

西八号運河にかかる橋。ここは、旧夕張川から運河が八号道路をまっすぐ伸びる途中です。
西八号運河に架かる橋

旧夕張川の取入口と江別川の落口との落差が相当あったり、途中に各所高低があったので、スムーズに船が運航できるよう閘門(こうもん)式運河にした、全国でも珍しいものでした。
有名なパナマ運河より18年も前に開通し、一躍注目されたそうです。旧幌向駅逓は、幌向運河の船着場につくられたものです。

閘門(こうもん)とは、
2個1組の水門を設け、その間の水をポンプで汲み上げたりして、進行方向の水位と同じになるよう調整する構造で、いわば水のエレベーターという感じでしょうか。

しかし、相次ぐ洪水で埋まったり、壊れたりして2門しか使えず、今は残っていません。
夢物語ですが、現存していたら、どれほど活性化に役立ったことでしょう。
乗ってみたいです、水のエレベーター。

運河に出られる階段。
運河への階段

フキノトウがいたるところに顔を出していました。
運河周辺に咲いたフキノトウ

もう少し経つと、運河両岸は緑で彩られ、のどかな田園都市の景観を演出します。

小樽運河は、沖合いを埋立て陸との間につくった荷揚げのための埋立て式運河ですが、この幌向運河は内陸を開削してつくられた貴重な産業遺産といえます。
西八号運河4

もう一方の幌向運河は、田んぼの中をまっすぐ伸びます。機会があれば紹介したいと思います。

幌向運河・西八号運河

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網走川流域親水マップ
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