ここ数年、北海道でも、さまざまな遺跡や化石が発見されていますが、 この北海道新聞の12/14 記事には驚きました。
「縄文期落とし穴379基 登別・富岸川遺跡 集中密度は道内最高」 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/culture/65857.html
記事によると、 登別市を流れる富岸川の、富岸町「富岸川右岸遺跡」(約5300m2)は、6月に宅地整備予定地での試掘調査で見つかり、登別市教委のその後の調査で、
縄文時代の狩猟用落とし穴が、道内の遺跡の中で最高の密度で集中していることが判明したそう〜
道教委では「未解明だった西胆振の縄文人の食料獲得方法を知る貴重な史料」とし、15日(土)に札幌で開かれた、遺跡調査報告会で発表された模様。
さて、この落とし穴ですが、 縄文時代中期から後期(約3700〜4000年前)のもので、河岸段丘上に計379基ありました。 *河岸段丘(かがんだんきゅう) 河川に沿う階段状の地形。浸食作用により、もとの河床が現在の河床より高い台地になっているもので、土地の隆起や水量の変化などにより生じ、その回数に応じて何段かの段丘を形成する。河成段丘。(大辞泉)
穴は細長く、1m程の深さ。ここに、追い込まれて落ちちゃった獲物は〜 シカだと思われるそうです。
記事に、落とし穴の写真が掲載されていますが。。。
この穴、、、追い込むとか誘い込むというより、ここに迷い込んだら最後、追い込んでる人も落ちそなぐらいの密集度! 縄文人の知恵と執念を感じます。 よくもまぁ〜 こんなに大きな穴群が、今まで気づかれずに、そして落ちずにいたものです! (結構、そっちの方がびっくりしちゃったり)
道教委によると、 これまで最高の穴群の密度は、「浜厚真3遺跡」(胆振管内厚真町)で、1000m2当たり49基。登別の遺跡は同71基となるため、北海道一だそうです。 同市教委は、周辺で見つかった土器の年代から、落とし穴は一度に全部が使われたのではなく、200〜300年の間に少しずつ使用されたとみています。 シカ目線でいうと、ちょっと安心!
登別・伊達などの西胆振地域では、縄文人の集落は発見されていますが、落とし穴の発見例は少なく、狩猟方法が解明されていない「空白地帯」だったそう。 今回の富岸川遺跡の発見で、空白の時代が解明されていくのでしょうね。
北海道新聞の遺跡関係の記事でもう一丁!
道教委は、函館市の大船遺跡や青森市の三内丸山遺跡など道内4カ所と東北三県にある縄文遺跡群の、世界文化遺産登録を目指し、国内暫定リスト候補として文化庁に提案すると発表したそうです(12/13記事) http://www.hokkaido-np.co.jp/news/culture/65571.html
いやぁー、函館の大船遺跡って、すごい壮大ですね!
文化庁では、暫定リストから年1件を国連教育科学文化機関に推薦しているのだそう。 現在、暫定リストにあるのは、文化遺産七件、自然遺産一件。
津軽海峡をまたいだ縄文遺跡の広域遺産なんて、あまり例がないですよね? 選ばれなくとも、北海道と青森の、狩猟や採集等で定住した縄文の暮らしを知りたいものです。
<今回文化庁に提出された北海道の縄文遺跡> 大船遺跡(函館市) http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/minamikayabe/i_oohune_c1.html 北黄金貝塚(伊達市) 入江・高砂貝塚(胆振管内洞爺湖町) http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/sbs/joumon/remains/is_irietakasago01.htm 鷲ノ木遺跡(渡島管内森町) http://www.town.hokkaido-mori.lg.jp/moriweb/04kyoiku/03bunka/bunka04-01.html
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