日本気象協会が4月1日に発表した、 「2008年桜開花傾向予想」によると、
北海道で一番早く桜が開花するのは、道南の松前町で4月21日、例年に比べると9日早い予想です。
250種もの桜が、1カ月以上も咲き継ぐ「北の小京都」と呼ばれる松前公園は、北海道一、桜が美しい場所です。 北海道唯一の松前城が現存されているからでしょう。
独立式層塔型3重3階(外観復元)の城・内濠・桜のコントラストが見事!

「写真提供サイト 風景写真館」 http://nature.aru.co.jp/
松前城は、 平山城で、地名をとって福山城とも呼ばれ、日本で最後期に建設された旧式城郭です。 旧城内一帯が国指定史跡、築城時から現存する本丸御門が国の重要文化財に指定されています。
函館五稜郭同様、江戸幕府が北方警備の強化を目的に、松前藩に命じて築城しました。 当時の幕府は、新しい城を造ることを禁止していたので、きわめて異例なことです。 それほど、ロシアの南下政策は、幕府にとって脅威だったのでしょう。
地図を見ればおわかりの通り、松前町は北海道最南端に位置しています。 敵が攻めて来た時、すぐに上陸可能な位置とも言えます。 築城計画の際、ここではなく、地形的に要害となりうる函館市の函館山にすべきでは、という意見が出たのも当然のことでしょう。
お城というと、お殿様がセレブライフを過ごすためのものと思う方はいないと思いますが、 城とは、防衛拠点であり、戦闘拠点であるとともに、食糧や武器や資金の集積場所です。 日本のお城はヨーロッパに比べて小さいものが多いですね。体格差でしょうか・・・
さて、函館ではなく福山に建てられた松前城。 wikipedia松前城の解説では、城下の商人の反対や予算上の都合で、松前氏居館の福山館を拡張したとあります。
しかし、歴史小説家の司馬遼太郎著「街道をゆく・北海道の諸道」の中では、違う見解が述べられ興味深い。 司馬氏は、米のとれなかった北海道で松前藩は、ニシンやサケなどアイヌとの交易で財政を賄っていたため、アイヌからの攻撃を恐れ、函館山を嫌ったのでは、というのです。 本州には逃げやすい場所ですからね。
現在、松前町役場の裏に流れる大松前川と、西の小松前川が、松前城の外濠の役割を果たしました。 たぶん内濠も、両川のどちらから水を引いたのでしょう。 大松前川に架かる馬坂橋から城へ向うルートは、城下からの藩士の登城ルートのひとつだったそうです。
外国からの攻撃に備えて築城された松前城ですが、 ご存知の通り、同じ日本人によって落城されます。
明治元年(1868年)戊辰戦争の最後の決戦・函館戦争時、旧幕府軍の土方歳三が700名ほどを率いて松前城を攻撃。 築城時の指摘通り、わずか数時間で落とされるという、もろさが露呈しました。 土方が意表をついた搦手門のあたりには、弾痕が残っているそうです。
オランダに留学し、国際法を学んだ榎本=旧幕府軍は、住民を巻き込まぬよう配慮したり、捕虜の松前兵にも津軽行きの便宜を図ったり、お墓を建てて弔いました。 それまでの封建日本にはない新しい考えです。
この辺も、今も榎本&土方の人気の高さの理由なのでは。 (この日記は、wikipedia松前城を引用しています)
松前公園 松前郡松前町字松城 平成20年 第61回松前さくらまつり 4月29日(火)〜5月18日(日)
なお松山町では、桜の見頃は開花発表から4〜7日としています。
テーマパーク「松前藩屋敷」 4/10〜11/3 *有料 松前郡松前町字西館 TEL:01394-3-2439 http://www.e-matsumae.com/sakurakk/hanyasiki/sisetu.htm
テーマ:札幌/北海道の地域ネタ - ジャンル:地域情報
|