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ヌマチチブ

Author:ヌマチチブ
川は身近な自然であり、北海道の歴史を物語ります。
そんな北海道の川の素晴らしさを、わかりやすく、老婆心も交えつつ、お伝えしたいと思います。

間違ってる箇所も多々あると思いますので、よろしければ教えてくださるとうれしいです。
どうぞ、ごゆるりと・・・
………………………………………
ヌマチチブとは、日本中に広く分布する頭が大きくずんぐりしたハゼ科の魚。顔を中心に無数に斑点があるのが特徴。
いわゆる雑魚で、「釣った」と思った瞬間、ガッカリ感と笑いを誘う、憎いあんちきしょー!

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北海道川原版
北海道の川のイベント、施設、川魚、植物、アウトドアや歴史、自然写真。 川原から北海道をめぐる情報ブログです。
新天地への道標~サムライ編~
北海道の開拓は、明治新政府がロシアの北海道侵略に備え、
屯田兵を広く呼びかけ、支援したことで大きく進みました。


ただひとつ、日本が近代への歩を進めた影で、
翻弄されたサムライ達を除いては、、、


京都守護職だった会津藩が開拓した余市町

戊辰戦争は、京都守護職で勤王の志士を取り締まった会津藩を、薩長主体の明治新政府が奥羽の諸藩に、「征伐せよ!」と命じたことが発端です。

譜代の大名も断った守護職を、徳川への忠誠心で、家臣達の反対を押しきり引き受けた会津藩藩主・松平容保の男気。
ご存知白虎隊や、女までも最後まで闘ったが、、、

戊辰後、新政府は、蝦夷に会津藩士を送り、開拓民兼有事の際の軍隊にしました。会津藩士等は、明治4年、北海道開拓使として余市川河口の上流地域に入植を果たし、努力の末余市町を拓いたのです。



伊達者による当別町開拓

“彼が30年早く産まれていれば、天下は変わっていたやも・・・”

今やテレビゲームの戦国もので、若いファンが増え続ける戦国一の伊達者、
独眼流・伊達政宗――

政宗が築いた大藩・仙台藩は、明治新政府から朝敵と見なされ、凄惨極まる処罰を受けました。本藩はもとより、支藩にもそれは及びました。

そもそも仙台藩には争う気はなく、会津藩を説得しつつ、新政府には放免を嘆願するなど、平和的解決に奔走しました。

しかし新政府は却下、その後政府要人の暗殺事件が勃発。
仙台藩ほか奥羽諸藩は、朝廷に頼むため、陸奥国(奥州)、出羽国(羽州)、越後国(越州)による奥羽越列藩同盟を結びます。

しかし、新政府派の秋田藩士が仙台藩の使者を斬ったことから、東北諸藩は二つに分かれ闘うという最悪の結果に。運命とは時に酷なもの、、、

当然、新政府軍が制圧したのですが、朝敵とみなされた各藩の地は新政府派のものとなり、土地や家屋は没収、家臣達は帰農が命じられました。


仙台藩の支藩・岩出山藩は、政宗が住んだ岩出山城を本拠とする名門です。
当時の当主・伊達邦直は家を奪われた家臣を救うため、私財を投げ打って北海道移住を提案します。

新政府から許された地は奈井江で、唯一の交通手段である石狩川から遠いため、再度お願いし、厚田郡シップを与えられます。
その頃すでに実弟の亘理藩藩主、伊達邦成が有珠郡の開拓を進めていました(伊達市)。

岩出山藩では、藩主の提案にもかかわらず、
「移住派 VS 帰農派」に、真っ二つに分かれ、第一次移住応募は180人に留まり、明治4年3月に岩出山を出発。

しかし、希望を抱いて辿り着いたシップは作物が育たぬ不毛の地でした。
そのため再度懇願し、ついに肥沃の地を得るのです。その名は当別!

一行は石狩川から当別川沿いに、刀を鍬に持ち替えて、木々を切り倒し、熊ササを刈り、一歩一歩道を拓いていきます。
踏査の時に見た、目印のイチイの木を目指して~
イチイの木

現存する開拓記念樹・イチイの木(当別神社)

*********************************

岩出山藩は、石狩川から北にはじめて入植した歴史的開拓者であるばかりか、
開拓士族の中で一番の実績をあげ、念願であった士族復帰を果たし、朝敵という汚名返上を果たします。
伊達別邸

伊達邦直が来客用に使った伊達別邸。現在は記念館で、これぞサムライと呼ぶにふわさしい、貴重な資料が展示されてます。甲冑もあったと思います。


東北武士は忠義を重んじ、我慢強いと伝えられますが、
サムライ達の北海道開拓は、如実にそれを証明していますよね。
まさに武士の一分が、想像を絶する開墾に堪えるエネルギーになった。。。

彼等の努力に胸が打たれると同時に、誇らしい気持ちでいっぱいになります。
伊達政宗等とゆかりある人々が、ここ北海道で脈々とその名門の血を継いでいることに。

そして、北海道が敗者に開かれた地であったことに・・・



※まだまだ北海道とサムライのつながり、あります・・・
明治新政府の士農工商や廃刀令等の施行に反乱した政治犯収容のために開拓された月形町の歴史「石狩川舟運のはじまり・月形樺戸集治監
■ この記事に対するコメント
勉強になりました。
はじめまして。たびびとと申します。
「石狩川(本庄陸男氏)」を読んだ際に、心に残っていたのですが、「目標にした樹」が実際にあるのですね。
記念館含め、一度じっくり当別を探索したいと思います。
ありがとうございました。
【2007/03/20 06:06】 URL | 北海道の開拓魂2.0 #afXvPe0k [ + 編集 +]

たびびとさんへ
はじめまして、いらっしゃいませ!
わざわざコメント、ありがとうございます。
本庄睦男の「石狩川」読みましたかぁ~!
そうです、そうです。あの木です。あの木を目指してがんばったんですよねェ~
わたしが当別神社や伊達別邸に行った時は、真っ黒な曇り空で、家老の吾妻が踏査した時の、鬱蒼と湿った空気感が漂い、「石狩川」の名シーンにスリップしました。
太美には本庄睦男の生家と記念碑が建っています。石狩川を見下ろすように。
本人急死のため、続編が書けなかったのが、残念でなりません。

なつかしい思い出が蘇りました。こちらこそ、ありがとうございます。
【2007/03/20 08:31】 URL | ヌマチチブ #- [ + 編集 +]


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